ENTRIES ARCHIVE CATEGORY SEARCH COMMENTS TRACKBACKS LINK 好きな映画

OLの”映画備忘録”みたいなもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| --/--/-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ↑ | 編集|
ココニイルコト

そらをながめていれば・・・

ココニイルコト
ずーっと見たかった映画でした。
真中瞳って、ほんとにそのままどこかの会社にいそうな感じでリアルでした。

不倫の清算で大阪まで飛ばされてきて、全てどうでもよさそうに見えて、その実、胸に抱えていることはたくさんあるのに人からはそんな風には見られない不器用な女性…。
彼女に会えただけでこの映画を見てよかったと思えました。

「最初から期待しなければ傷つかない」
私を含め、みなどこかに持っているお守りみたいな呪文を心にしまいこんでいる。

きっとこの映画で語られるのは堺雅人さん演じる前野さんのことの方が大きいかな、
「ええんとちゃいますか」
となんでも笑って受け流す前野さん。
でも、結局根っこは同じように感じました。

ただ、その表現の方法で他人との繋がり方は大きく変わるんですね。
傍観者の側でいると二人とも同じような気質に見えるのに、実際にこの二人と出会ったら多分返す反応は違ってしまうと思いました。

前野さんは人をほがらかに楽しい気持ちにさせてくれます。
最初は彼の無責任な「ええんとちゃいますか」に戸惑いながらも気持ちがほどけていく彼女の様子に見ている私もほっこりさせられます。

終りまで何だか前野さんは前野さんらしく、彼女は彼女らしく大きく変わることはないけれど、心の中にほっこりとするものを持ってゆっくり生きていくのだなあと感じさせられました。

疲れているときこの映画を引っ張り出してきてぼーっと眺めているだけで癒されそうです。

…ただ大阪人と描かれている堺さんの「ええんとちゃいますか」の発音は大阪弁というよりはおおざっぱにいえば関西弁、どちらかというと京都に近い気がします。
そのはんなりとした空気感がまたこの作品の優しさを生み出しているのだとは思いますけれども。

眠れない夜にまた観てみたいなと思う作品です。

スポンサーサイト

| 2008/06/01 | 邦画 | TB(0) | COM(0) | TOP ↑ | 編集|
好久没有見了!

余りに放置しすぎると広告が入るそうなので・・・

最近映画館から足が遠のいています。
DVDやケーブルテレビでしか映画は見ていないのですが、邦画を見る機会が増えました。

また気が向いたときにでも追々感想文をかいていこうかなと思う今日この頃です・・・

映画見に行きたいです

| 2008/06/01 | 雑記 | TB(0) | COM(0) | TOP ↑ | 編集|
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ


土曜日は山本耕史&中村中のロック・ミュージカル
「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」
を見に行きました。
中村中さんの透明感ある声は最高でした。
(いい女のテーマ曲のときとはまた違ってて。透明感ある声としかいいようがない。)
思わず直筆サイン入りDVD付CDを衝動買いするところでした…が今回はぐっと我慢。

しかし、ミュージカルとはいえ「ヘドウィグのライブ」会場に私達観客が実際に参加しているような構成で、どちらかというと観客を含めてヘドウィグの世界を作り上げていくもののようにイメージしていましたし、実際そのように感じたのですが、皆静かに座って見ているだけのようでした。
一部かなり盛り上がってるところもありましたが、殆どは座ってみてるだけの印象です。

ヘドウィグと同じ場所(LIVE会場)にいて、その中のMCで彼女(彼)の半生をたどりながらヘドウィグの愛のかたわれ探しに一緒に入っていくような…そんな舞台になるのかなと思っていました。
最初にがつんとヘドウィグの世界に入り込めないと後が辛いです。
どうしても現実にもどってきてしまうのです。
確かに山本くんはヘドウィグであり、トミーでした。
すごい人だと思いました。
でも最初に乗り遅れてしまった私にはおいてけぼりをくらってしまったまま走り去っていく電車を見ているようで…。

そういうわけで我にかえってしまい、山本くんは演じていてテンションあがるんだろうかと思ったりしてしまいました。

感受性低い私ですら泣きそうになったり、何度か立ち上がってつい手拍子やら足踏みやらをやらかしてしまう舞台でしたのに。もったいなや…。

カーテンコールには3回出てきてくれたけれど「何もできることがないんで」「皆さんは明日休みですよね、いいですよね」って…。なんか悲しい。

ヘドウィグ~は映画で見ていてラストとてもココロに響いたのにミュージカルではもう終わってしまったの?とあっけにとられてしまってちょっと悲しかったです。

ミュージカル好きな方々はどのような評価をされているんでしょう??
私はヘドウィグのミュージカルというよりも、むしろ途中から山本耕史くんの「構成変更のできないライブ」だと思って見てしまうようになってしまってちょっと寂しかったです。
感受性の低さ&予習不足のダブルパンチくらっただけなのかも。

サントラお勧めです♪
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
サウンドトラック
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
曲名リスト
1. 打ち壊せ
2. オリジン・オブ・ラブ
3. アングリー・インチ
4. 薄汚れた街(トミー・バージョン)
5. ウィッグ・イン・ア・ボックス
6. ザ・ロング・グリフト
7. ヘドウィグの嘆き
8. 美しい死体
9. ミッドナイト・レディオ
10. ネイルド
11. シュガー・ダディー
12. フリークス
13. あなたの腕の中で
14. 薄汚れた街(ヘドウィグ・バージョン)

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


| 2007/03/27 | 舞台・ミュージカル | TB(0) | COM(0) | TOP ↑ | 編集|
ディパーテッド

オリジナルとは別物として見れば楽しめます
ディパーテッド (出演 レオナルド・ディカプリオ)
オリジナルファンとしては最初から期待していませんでした。
同じくインファナル~ファンの妹も酷評していたので期待度ゼロで行ったのが幸いしたのかもしれません。
劇場にいる間は意外に楽しめました。
でも振り返ってみるとどうしても比べてしまうんですよね。

見終わって思ったのはディパーテッドはインファナルのエピソードだけを借りて別の世界観を描写した映画だなあということ。
オリジナルの無間地獄というテーマがすっぽりなくなっているのは、やっぱり宗教観というか民族性の違いを感じさせられました。
同じ題材を使いながらインファナルの主役二人の善悪への揺れ、苦悩、そこから抜けられないやりきれなさ…そういう描写がないのです。
描く世界観が違うということはもう別物の映画なんですね、きっと。
だからと言ってよくなかったというわけではないんです。

こちらはこちらで、緊迫感漂う映画として152分という長時間を最初から最後まで飽きることなく見ることが出来ました。
何よりの収穫はディカプリオかもしれません。
タイタニックのあとビーチを見て、ちょっと苦手だなという意識があったのですが、タイタニック出演前に抱いていた細やかな役者さんというイメージに戻りました。
存在感とかは正直ボスのジャック・ニコルソンが強すぎて、うーんという感じでしたけれども、彼の置かれた状況の緊迫感の表現は鬼気迫るものがありました。
見てるこちらも緊張しまくりです。
脚本がビリー(ディカプリオ)よりに描かれているせいもあるかもしれません。

割を食ったのがマット・デイモン。
役柄として全然いいとこなかった気がします。
警官としての誇りもそれほど感じられることもなく、単なる上昇志向が強いだけの嫌な人間ぽくてどうも好きになれませんでした。
脇役のようで魅力が感じられません。
潜入になった理由もそれ程しっくりくるものでもなく(最初のアイリッシュとかのエピで描いてるのかもしれませんが知識ないので全然わかりませんでした)ただ保身のために脅されてやってるだけみたいな印象です。
またディカプリオ側のボスの死も、そもそもボスの存在感が薄いので、彼の死がビリーに与えたであろう衝撃も少なく感じてしまうのです。
なので、この映画ってディカプリオ、ニコルソン、デイモンだけしか印象に残らないんですが、それでも最後までぐいぐい惹きつけるだけの力があるのがすごいところだと思いました。

しかし。
人があまりに簡単に死んで行くのがなんとも残酷。
その無残な描写を淡々と描いているのがこの映画の世界なのかもしれませんけれど、こんな無味乾燥に暴力シーンを描かなくてもと思いました。これがキモなんだといわれればしかたないですけれど、容赦なく人が死んで行くのでそういうのが苦手な人にはすすめにくい映画ではあります。

あとは…
ラスト近く、潜入の二人がやっと互いの正体を知るシーン。
オリジナルでは彼らが「警官としての誇り」と「善の象徴である警官になりたいと思う苦悩」がぶつかり合う名シーンだったのですが、ディパーテッドでは二人とも警官であることへの誇りよりも、まずは「保身」がそれぞれの行動の主な動機になっているように感じていたので、対峙する意味が見出せませんでした。
誇りに基づいての行動であるならば、理解できるのですがそういう描写がないので敢えて危険をおかすビリーの行為が不自然です。

それまでの描写からならコリンが潜入であったのを知ってもまずは身分回復、その後証拠をもって逮捕という過程を採ると思うのですが…。
もしくは最低でも自分が気づいたということは隠し通すと思うのです。
オリジナルでは警官としての矜持、信頼していたボスを殺された怒りがヤン(ディパーテッドではビリー)のあの行為の動機になっていたと思うのに、ビリーの場合はどうしてあんな無茶をしたのか理解に苦しみます。

ラストシーンをこっぴどく変えてくれるんですから、ここからストーリーを別物に変えてくれればよかったのにと感じます。
本当にこのシーンが一番不満。

あとはラストシーン。
これは何のための描写なのかと思いました。
勧善懲悪でもないし、救いようがない世界。
同じ救いのない世界といってもオリジナルとは違う心のない世界のような印象です。
ただこのシーンのおかげで監督が描いたのは完全に別世界映画なんだと確信できましたけれど。

やっぱりオリジナルと比べてついついケチをつけてしまうのですが、テンポは良かったし、見ていた間は普通にどきどきし続けられたのでそれなりにいい映画だったのではないかなとは思います。
オリジナル未見の周囲の人は面白かったと言っていましたし。
だけどこれがアカデミー賞受賞作品というのは違うような気がしました。
(やっぱりケチつけてるだけの感想ですね、すみません)

おまけ。
最初の描写がマット・デイモン演じるコリンの子供時代からなんですが、この子がほんとデイモンそっくりで大人になったコリンと重なっていく過程はホントに少年時代からそのまま成長したような気分でした。

| 2007/03/05 | アメリカ映画 | TB(0) | COM(1) | TOP ↑ | 編集|
ゆれる

人間は如何に脆く弱い存在であるものか
ゆれる
ミステリー仕立てのストーリー展開ながら答えのないまま終わる映画です。
人の死を描きながらそれに対する何らかの答えを出すことではなく、人間(兄弟)の絆、信頼の不確かさを何度も何度も抉っていくのです。
未見の方はあらすじについて画像リンクからアマゾンでたどって下さると助かります。
以下ネタバレというか私の感じたストーリーです。
結局は思い込みで再構築したものかもしれません。
おそらく粗筋は合っていたとしても見た人によって物語は違って感じるような気がしますので…。



都会で成功を収めた弟猛(オダギリジョー)、田舎で真面目に働く兄稔(香川照之)、二人の幼馴染の智恵子の3人で出かけた渓谷で起こった、智恵子の転落死事件。
これがきっかけとなり兄と弟の間で今まで確かにあったであろうと思われる何かが揺れはじめます。

吊橋の上で何が起こったのか。
智恵子の転落死は事故だったのか、それとも兄稔が突き落としたのか。
肝心のシーンで映像は止められています。
でも弟猛は遠くからとはいえそのシーンを見ていたということだけははっきりと解ります。

稔の逮捕から猛は兄の無実を勝ち取るため弁護士の叔父を頼り奔走します。
しかし、裁判の過程で見る兄の姿、接見で話す兄の姿から、猛は自分が見てきた兄の姿を信じられなくなります。
傍聴席で見る兄は相変わらず真面目で、朴訥で、自分が側にいながら助けられなかった自責の念を語ります。
一方接見室では猛に対し
「お前は殺人者の弟になるのが嫌なだけだ」
「お前は最初から誰も信じていない、それが俺の知っているお前だ」
「(お前と一緒に東京に行きたいだなんて言い出す)智恵子はお前の重荷だっただろう」
猛は混乱していきます。
自分が見てきた兄は一体何者なのだろう。
本当の兄の姿とは…?

人は己が見たいがものを見、信じ、そしてそれを相手に投影します。
吊橋で起こったことは見ていた。
しかし、そのことに対する意味づけはいくらでも変わるのです。
見たときは事故だと判断したのかもしれない。
けれど、今の兄の姿を見ると兄が突き落としたのかもしれない。
人の記憶はいくらでも塗り変わるのです。

そして最後の証言で、弟は兄を断罪します。
「兄が突き落とした」と。
猛の中での兄は人格者だった。
けれど今は違う。本来の兄を取り戻さなくては。
だから今後自分の人生がどのように変わって行こうともそのために証言するのだ、と。

兄稔も揺らぎの中に生きています。
突き落としたのか、事故だったのかを問わず、彼が智恵子の転落死に対する自責の念を感じていたのは事実であると感じます。
田舎での狭い社会、常に周囲に気を配り生き続けて来た自分が拘置所に入ることによりやっと己の心ひとつになれた…。
ある意味心安らかになれたと同時に不安も抱えていたことと思います。
不安定な心の中、東京で自由に暮らしている弟への葛藤、劣等感、そういった感情も閉じ込めておく必要もなく現れてきてしまうのは当然と感じました。
そして、弟が兄の心配をし、信じているという姿を見れば見るほど弟に対する気持ちが揺らぎはじめます。
お前は本当に俺を信じているのか?
そして弟への嫉妬や苛立ちが稔を襲ってきます。

二人のやり取りは稔が猛を試しているようにしか見えませんでした。
そして猛はそれにゆさぶられ続け、己を見失います。
殺人事件の裁判過程という極限状態の中で、二人の心の揺らぎだけが本筋になっていきます。
己の信じてきたものが信じてきたものの真の姿であるのか。

智恵子の死が殆ど取り上げられずにいるのは、この、人の心の揺らぎ(=弱さ)を描くというこの映画のテーマの中では仕方のないことなのかもしれません。

当初、稔にとっては智恵子の死に責任を感じている以上、殺人者となろうと無実となろうとどちらでも構わなかったのだと思います。
私自身は、稔に邪心はあったであろうけれども智恵子は事故死であったのだと感じていました。
そして猛が証言に立つまでは稔の無実はほぼ確実になりつつありました。

責任を感じて自首した稔ですが、釈放されることになればこのまま田舎で生きていくことになる以上やはり今までのしがらみから逃れられることはなくなります。
だから、それを受け入れつつこれからの自分のあり方を考え、これからは職場であるガソリンスタンドの改装をして今までとは違う生き方をしていきたいとある意味心を切り替えて弟に語りかけます。
そしてそれがまた弟の心を揺さぶります。
兄は何を考えているのだ?と。

結局猛は兄への信頼の、もしくは絆であった吊橋を自分から断ち切ります。
自分の中にあった兄を守る、即ち自分(の心)を守るという意味で兄を切ってしまうのです。
実際に見ていた光景の意味は証言するまではゆらいでいたのでしょうけれど、言葉にすることによって確信に変わって行ったのかもしれません。
記憶の意味なんて簡単に変わります。
人間が如何に脆く弱い存在であるかということを突き付けられます。
何よりも怖いのは、兄弟というどうしても断ち切れない絆を持った二人ですら、このような残酷な闇に陥ってしまうということ。

兄は猛が切ってしまったのを知ってもなお何も言わず、笑みを浮かべて法廷から去って行きます。
結局兄は自分の行く末を弟に委ね、受け入れたのでしょう。
兄はある意味解放されただろうと思いました。
完全にいい人間を演じなくてもすむ世界へ。
葛藤を感じなくてもすむ世界へ。
そしてそれは猛が稔を突き落としたという重荷を背負わせることによって得たものなのです。
互いにとって何とも残酷な行為です。

そして出所直前。
子供の頃、渓谷へ行ってすごした映像を見た猛は再度揺り動かされます。
兄はやはり己の兄だったと。
絆はそう簡単には切れない。どれだけ揺れても揺り戻される…。
何故信じなかったのかと。

ラスト、弟が駆けつけたとき兄はバスに乗る直前ででした。
そのままエンドクレジットに入るので、二人がどうなったのかの結論は見る側に委ねられたまま映画は終わってしまいます。
私は稔がバス停で猛に気づき、微笑みかけながらもそのままバスに乗って去って行ったと感じました。
稔は町から、しがらみから解放されたかったであろうと感じたから。
そして猛ともう一度やり直すにはまだ時間が必要だと感じたからです。


しかし、こうして書いていても頭の整理がつきません。
猛の視点から物語が進むのですが、人間が多面性を併せ持ちつつひとつの人格を形成しているという当たり前でありながら難しい姿を香川照之が非常に細かく演じるので正直なところ稔の姿がわからなくなり、本当に智恵子を殺したのだろうか、本当に悪人なのだろうかと猛のように揺り動かされました。
でも、なぜか稔の立場にふっと入った瞬間があって、あれは事故だったんだけれど自分が許せないんだと感じてしまいました。そして弟への嫉妬やら自身の心の闇やらがとぐろを巻いて襲い掛かってくるような感覚に陥りました。
だから稔が猛に己の運命を委ねるという残酷な選択をしたのではないかと感じたのです。
そのとき、何とも救いのない映画だと思いました。

それでも、ラスト二人が見つめ合う時間を持たせてくれたのは、どんなに揺れる吊橋であろうと、また一旦切れてしまった吊橋であろうと、再度かけ直すことができるかもしれないという希望を見せてくれているような気がしました。そうでなければ自分自身が救われない気持ちがしたからかもしれません。

見る人に判断を委ねるような映画だから1度観ただけで感じたことは、次回みたときにはまた違って感じると思います。
そしてその時々の自分の心情に合わせてこの物語も変わって感じるのではないかとも思います。
おそらく原作を読めば監督の意図は解るのでしょうし、DVDにコメンタリーでもついてればはっきりするのかもしれませんが、私は毎回違う感じ方でこの映画を見て、そして自分の心を振り返りたいと思いました。

| 2007/02/11 | 邦画 | TB(0) | COM(1) | TOP ↑ | 編集|
2006年 総まとめ雑記

自分で書くのもなんですが、かなり放置していたので久しぶりに来てみました。
今年は色々見てみたい映画沢山あるので気が向いたら復活して行こうかなと思います(でも多分無理そう…)
以下順不同で思い出すまま箇条書き。
また個別で書くかもしれません。

2006年
=映画=
ホテル・ルワンダ
本音は特典映像の方がすばらしかったです。
先にこちらを見てしまったので映画の印象が弱まってしまって後悔。
サウンド・オブ・サンダー
あんまり印象が…
リバティーン
ジョニーが好きそうな映画だなあと思いながら見てました。
退廃的な世界観がやたら好きそう。
でもジョニー好きな友人には勧められません。人によってはグロイので。
ダ・ヴィンチ・コード
ルーブル見られただけでよし。
時間が足りなければ、あれだけの話題作なんだから2部作にでもすればよいのにと思いました。
ソフィーが改悪されていて演じているトトゥがかわいそう過ぎる…
エクソシスト ビギニング
キリスト教皮肉ってませんか???
怖いとかそういうのじゃなくて、そっちのほうが気になってしまった映画。
LIMIT OF LOVE 海猿
素直に楽しめた映画です。熱いなあ。。。
伊藤くんはそんな好きな俳優さんじゃなかったけどこの映画では別。
救助するのと趣味で潜るのとでは全然違うけど、私も一応ダイバーなんで(多分)つまらないところで見ていてどきどきしました。
トゥモロー・ワールド
受け付けませんでした。
関係ないのですが、この日の晩ノロウイルス発症…。
007 カジノ・ロワイヤル
ボンドがこんな悪役顔でよいのー?
いくら初めての仕事でもスマートさのかけらもなくワイルドだーと思いました(前作のイメージひきずっていたので)。
シリーズ全部見ているわけでもないのでよくわかりませんが、とりあえずダニエル・クレイグが見られて良かったです。
DEATH NOTE デスノート / DEATH NOTE デスノート the Last name
主役なのに月がどうしても受け入れられません。
なんて嫌なやつなんだろうーと思いながら見てました。
原作読んでないからなのでしょう。
逆にLの松山君はすごく良かったです。
男達の大和のときの真面目な青年像が印象が強かったけれど、何ともまあ楽しいこと。
16ブロック
NY行った後で見たので、なんか懐かしかった。
でもあんな裏道とおらないしあんな派手なデッドヒートも見ることなんてないけど。ブルース・ウィリスが出ているだけで安心感あります。
バックダンサーズ!
主役4人のうち2人が好きなので。
ひいき目で見てもあんまりお勧めはしづらい映画でした。
Vフォー・ヴェンデッタ
真面目にみたら多分すごい映画なんだと思う。
だけど私には入り込めませんでした。でも思うところは多々あり。
ジャスミンの花開く
チャン・ツィイーでなければ見ていません。
30年代から80年代の激動の上海は見ていて面白かったです。
時代背景も多分他の人よりは少々解っているとは思うけれど、映画としては冗長すぎ。

他にもDVDで見てるもの何かあると思うけれど、忘れました…

=舞台=
オペラ座の怪人
atブロードウェイマジェスティック劇場
当日はどの役かがアンダースタディだったそうだけれどBILL貰い損ねて確認できず。
2006年5月5日ソワレのファントムが誰だったのか知りたいです。
初見のため全然解りませんが、予想外に情熱的?ファントムだったような気がしました。
ペテン師と詐欺師
鹿賀丈史・市村正親と両役者さんのミュージカルとあっては是非!とチケット確保。
とにかく楽しかったです。笑えて笑えて。
鹿賀さんはレミゼや何かで何回か見にいっているのですが、市村さんは初めて。市村さんのコメディアンっぷりが楽しかったー。
高田聖子さんもっと出てて欲しかった。ツボにはまって笑える笑える。
愛華みれ・鶴見辰吾のコンビも。
ラストの奥菜恵の悪女っぷりはキュート(正直意外によかった)
ということで無茶苦茶楽しい舞台でした。
Rent
(ほぼ)オリジナルキャストで撮影された映画を見ていたので、字幕追わなくても楽しめました。曲そのものが好きでしたし。
舞台上で演奏があって、その方達もお茶目で楽しかった。
マークの声は日本公演の方(ジェド・レスニック(Jed Resnick)の方が好みで、サントラ聞いてても少しものたりない。ごめんなさい。
赤毛のアン
華原朋美のファンなので当然に。
彼女舞台向きだなあと思いました。
仕草や存在感自体がアンそのものなのかも…。
でも声が少々浮いていました。それも低い方に。
声量あるし、歌詞(セリフ)聞きとり易いしこっちの方が向いてる気がします。
しかし隣で妹に爆睡されてショックうけました…。

=LIVE=
HAND MY ADDRESS 2006(山崎まさよし)
耳そんなよくないのでMCは殆ど聞こえなかったけど、十六夜聞けたし。8月のクリスマスでピアノとちってやり直しとかのちょっとしたハプニングあったりで楽しかった。座って聞けるのがやっぱり嬉しい。
安室奈美恵 namie amuro BEST tour "Live Style 2006"
間違えって取ってしまったチケット。
でも間違えて良かった。こんなにすごい人だとは知らなかった。
尊敬です。行けてよかった。
歌とダンスのみでの2時間強。
2階とは言え殆ど舞台真横の最前近くだったので堪能させて頂きました。
パフォーマンス中は完璧なのにMC(しかも極少)ではぜいぜい言っててびっくり。

2007年
=映画=
ゆれる
見たときの心情が反映されるような映画でした。
何度見ても新しい発見がありそうで、自分の心情を再確認するためにも手元において見てみたいと感じた映画
硫黄島からの手紙
見終わって思ったのが何故邦画では撮れなかったのだろうかということ…イーストウッド尊敬
父親達の星条旗
飛行機で見たので少々とびとび。
硫黄島のあとで見たのでなんとなく穴埋めはできました。
押し付けがましさがないのにメッセージ性がとても高くて毛嫌いしていたイーストウッド作品も見てみたくなりました。

| 2007/02/10 | 雑記 | TB(0) | COM(0) | TOP ↑ | 編集|
| HOME | NEXT




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。